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いくこのブログ
「当選メールの『お支払い期限』は、3日後でした」から
来てくださった方へ
メール9:12
当選のお知らせ
公演コンサート
チケット代18,000円
お支払い期限
3日後の23時59分まで
楽しみ
42,000円
足りない 17,000円
夜、ソファで光るスマートフォンを見る郁子

来年も、行けるかな。

年に一度の楽しみが、 去年より 1万1,000円 高くなっていました。

好きなことくらいは、
パート代で続けられると思っていました。

当選メールが届いた日

ドラッグストアでパートをしている郁子です。当選メールの話の続きを書きます。

封筒の中を数えた日から、去年の手帳と今年の金額を、何度も並べ直しています。

ペンライトと、白い封筒と、スマートフォン
去年今年
チケット1万5,000円1万8,000円
新幹線2万1,000円2万3,000円
ホテル1万2,000円1万8,000円
合計4万8,000円5万9,000円

去年の分は、手帳に書いておいた金額です。

楽しみの封筒には、4万2,000円。1万7,000円、足りませんでした。

「好きなことくらい、
自分のパート代で続けられる」

10年前にドラマを好きになってから、ずっとそう思ってきました。

チケットの値段も、新幹線の運賃も、ホテルの宿泊代も。どれも、私の力では変えられないものばかりです。

手帳の後ろに、
書き出したこと

テーブルで白い封筒の中をのぞく郁子

その夜、楽しみの封筒をテーブルに置いて、手帳の後ろのページに、入ってくるお金と出ていくお金を、全部書き出したんです。

手帳の後ろに書き出したこと
入ってくるお金
夫の年金(65歳)
私のパート代(ドラッグストア)
楽しみの封筒 4万2,000円(パート代から少しずつ)
年に一度の楽しみ
コンサート 5万9,000円
去年より 1万1,000円高い
封筒から、1万7,000円足りない
楽しみの分だけ、届かなくなっていた

ペンを置いて、スマホの当選メールをもう一度開きました。お支払い期限は、3日後の23時59分です。

好きなことくらいパート代で続けられる。そう信じきっていたことを、今はとても後悔しています。

だからブログの最後に、「今のうちに一度、これからのお金を見直そう」と書きました。
このページでは、その続きを書かせてください。

書き出したものを、見直して

書き出したものを何度見直しても、「出ていくお金」の欄には、削りたいものがありませんでした。年に一度の楽しみまで削ったら、毎日の張り合いがなくなってしまうからです。

残るのは、「入ってくるお金」の欄です。

でも、そこに並ぶのは、どれも額が決まっているお金。

夫の年金は、国が決める額。
私のパート代は、時給と時間で決まる。
楽しみの封筒は、使えば空になるだけ。

楽しみの値段が上がっても、自分の手で増やせるお金が、ひとつもなかったんです。

楽しみの封筒と、今年のコンサートの差 1万7,000円 来年の値段は、まだ誰にも分かりません。

友だちは、「来年はソウルかな」と言っています。

あなたの楽しみは、
どのお金から出ていますか

ここまで読んで、「私はコンサートには行かないから」と思った方もいると思います。

コンサートでなくても、続けたい楽しみは、どなたにもあると思います。

少しだけ、ご自分の楽しみが、どのお金から出ているかを思い浮かべてみてください。

この中に、自分の手で増やせるお金は、何本ありましたか。

私の家は、0本でした。

楽しみの値段は、こちらの都合と関係なく上がっていきます。入ってくるお金は、誰かが決めた額のまま。

0本だった方は、当選メールが届いた日の私と同じです。

私も、封筒の中を数えるまでは、「パート代で、なんとかなる」と思っていました。

「私には無理」
そう決めていた理由

封筒を数えた日、一緒に行く友だちからLINEが来ました。

「次も一緒に行こうね。
来年はソウルかな」

うれしい言葉でした。でも、すぐには返事ができませんでした。

それでも、「じゃあ、私が増やそう」とは思えませんでした。収入を増やすなんて、私の暮らしには出てこない言葉です。

その夜、手帳の後ろのページの、まだ空いているところに、「私には無理」と思う理由を書いてみました。

「私には無理」と思う理由
手帳の後ろのページに書いたこと
推しのことなら調べられるけど、お金のことは分からない
スマホは、ドラマを見るためのもの
夫の年金に頼らず自分で、と思うほど怖い
ああいうのは、若い人の話
どれも、本気でそう思っていました

書き終えてから、ひとつずつ、横に印をつけてみたんです。
「やってみて、だめだったこと」か、「やったことがないこと」か。

印は、全部「やったことがない」の方につきました。

印をつけた、手帳の後ろのページ
  • 推しのことなら調べられるけど、お金のことは分からないやったことがない
  • スマホは、ドラマを見るためのものやったことがない
  • 夫の年金に頼らず自分で、と思うほど怖いやったことがない
  • ああいうのは、若い人の話やったことがない

「無理」だったのではなく、
「やったことがない」
だけでした。

入ってくるお金の欄が0本のままだったのは、増やす方法がなかったからではありません。私が先に「無理」の欄に入れて、見ないようにしていたからでした。

今こうしてブログを書いていることも、あの夜の私なら、迷わずその欄に入れていたはずです。

もしよければ、あなたが「私には無理」と思う理由も、書き出してみてください。そのうち、やってみてだめだったものは、いくつありますか。

もし、入ってくるお金が
もう一本あったら

その日、手帳の続きに、これからの10回の楽しみを、2通りに書いてみました。

このままの私の、これからの10回
  • 当選メールが届くたびに、封筒の中を数える
  • 行くか行かないかを、値段で決める
  • 友だちの「次も一緒に」に、すぐ返事ができない
  • 足りない分を、夫の年金から出してもらうか迷う
自分で増やせる一本がある私の、これからの10回
  • 当選メールが届いたら、すぐに支払える
  • 行くか行かないかを、楽しみで決められる
  • 友だちに「来年も行こうね」と返せる
  • 夫の年金に、手をつけずにすむ

どちらも、同じ私の10回です。
違うのは、入ってくるお金の欄に、自分の手で増やせる一本があるかどうかだけ。

大きな額でなくていい。値段が上がっても、楽しみの全部は揺れない一本。

そう考えたら、「収入を増やす」は若い人ががんばる話ではなく、楽しみを続ける話になりました。

もしよければ、ご自分の家のこれからも、2通りに思い浮かべてみてください。

ただ、その一本をどう作ればいいのか。私には、見当もつきませんでした。

調べ始めると、目に入るのは「スマホだけで月◯万円」「年金にもう一本の収入を」といった話ばかり。当選メールと封筒を並べたあとだと、どれも本当のことに見えてしまうものです。

夜の低いテーブルで光るスマートフォンと、ペンライト

そんなとき、このブログを運営している赤原さんから、そういう話の裏側を教わりました。

もし、私の話に少しでも
共感してくださったなら

ソファに座る郁子(切り絵の絵)

考えておいてほしいことを、4つ書いておきます。赤原さんから教わったことです。

うまい話に、すぐ飛びつかない

「案件を保証します」というスクールや、「高い商品を人に紹介すれば、報酬がもらえる」という話。それがなぜ危ないのかを教わってから、うまい話を見ても、まず「これは誰が得をする話なのか」を考えるようになりました。

自分の楽しみのお金を数えている私が、だまされるわけにはいきません。少なくとも、焦って誰かの話に乗ってしまうことは、もうないと思います。

「稼ぐ」ではなく「守る」ためのお金

収入を足すといっても、60代から会社を作るわけでも、大きな事業を始めるわけでもありません。

私が考えているのは、大金持ちになることではなく、暮らしと、年に一度の楽しみと、ささやかな幸せを守る力を、今のうちに持っておくこと。

大金持ちにならなくていい。そう考えたら、現実的な話に感じられました。

誰かと競うものではない

「そもそも、誰かと競うものでもない」とも言われました。

私はもう62です。若い人たちと同じように、夢や希望を語って、キラキラしながらガンガン勝負する。そんなことは無理だと思っていました。

でも、それも必要ないと言われたんです。

お金の「性格」を書き出す

夫の年金と、私のパート代。入ってくるお金を書き出したら、その横に、そのお金を得るために何を差し出しているのかを書いてみてください。

自分がお金を得るために、何を費やしているのか。それをはっきり知ることが大事だと言われました。

実際に私も、この内容を理解して、一つひとつ、自分を守るためのお金づくりができてきた感じがしています。今は、このブログの運営も含めて、できるようになりました。

ここまでの話を踏まえて、具体的にどう動けばいいのか。その具体例も、赤原さんが無料で公開してくれています。

赤原さんの話は、
無料のメールで
学ぶことができます

メールはいつでも、メールの最後にある解除リンクから止められます。

私が学んだメールを書いている方の自己紹介動画があったので、拝借して下に載せております。

赤原さんが、自分の歩みを絵に描きながら話している動画です(1分49秒)。

読んでみて、自分には要らないと思ったら、
それで構いません。
やらないことも、ひとつの選び方だと思います。