夫に「また始めるの?」と言われて、次の講座の決済画面を閉じました。

家計を助けたくて始めた副業で、家族に相談せず150万円を払った私。一番怖かったのは、その150万円ではなく、それでもまだ「次こそ、この人なら」と思っていた自分でした。

一番怖かったのは、150万円を払ったことではありませんでした。

私はずっと、「次は誰から学べばいいんだろう」と考えていました。でも本当は、正しい人を探していたのではありません。自分の代わりに正解を決めてくれる人を探していました。

そこで初めて、疑問が変わりました。

「誰を信じるか」から「何を確かめるか」へ

【転換軸:「誰を信じるか」→「何を確かめるか」】

私が見なければいけなかったのは、「この人は本物か」ではありませんでした。その方法は、私と同じ条件でも成立するのか。誰に向けた商品なのか。どうやって最初のお客様と出会ったのか。私には、その判断基準がありませんでした。

そんな時に読んだのが、赤原士郎さんの文章でした。最初は、「またマーケティングの人か」と思いました。でも、書かれていたのは、「次はこれをやればいい」という話ではありませんでした。「その行動は、何を確かめているのか。」その一文で私は初めて、「次の正解」ではなく、「正解かどうかを自分で判断する側」にならないと、また同じことを繰り返すと気づきました。

自分で判断するための見方

赤原さんのメールでは、教わった方法が自分にも成立するのか、売れなかった時次に何を増やす前に何を見るのか、顧客・商品・集客のどこで止まっているのか、「一度売れた」と「自分で仕事を作れる」は何が違うのか、そんな「自分で判断するための見方」を赤原さん本人から読めます。

「また別の人を信じろってこと?」私も、最初にそこを疑いました。だから、赤原さんを信じてくださいとは言いません。読んで。自分の経験と比べて。違うと思ったらやめる。私が変えたかったのは、「信じる人」ではなく、「誰かの答えを聞いた時の、自分の見方」でした。

次の正解を買う前に。
『誰を信じるか』ではなく、『何を確かめるか』を赤原本人から読む。